横浜地方裁判所 昭和41年(ワ)615号 判決 1968年1月30日
原告
森田亀五郎
ほか一名
被告
川野定雄
主文
被告は、原告森田亀五郎に対して、金一、五二九、五一二円およびこれに対する昭和三八年五月三〇日から完済まで年五分の金員を支払わなければならない。
原告森田亀五郎のその余の請求を棄却する。
原告森田緑子の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告森田亀五郎と被告との間に生じたものは被告の負担とし、原告森田緑子と被告との間に生じたものは、原告森田緑子の負担とする。
本判決は、原告森田亀五郎勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告森田亀五郎(以下原告亀五郎という)に対して金二、一〇〇、〇〇〇円、同森田緑子(以下原告緑子という)に対して金五〇〇、〇〇〇円及び右の各金員に対する昭和三八年五月三〇日から完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、被告は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
原告らは請求の原因として次のとおり述べた。
一、原告亀五郎は、昭和三八年五月二九日午後一〇時頃、鎌倉市大町雪ノ下県道小袋坂附近を、南から北へ向つて、道路の右側を歩行中、折から、北から南進中の被告の乗車する第一種原動機付自転車(以下加害車という)に衝突し、同所の崖に投げ出された。
二、右交通事故により原告亀五郎は後頭部打撲症、脳震盪症、左大腿骨複雑骨折等の傷害を受け、人事不省となり、鎌倉市大町佐藤病院(以下佐藤病院という)に同日から同年七月一八日までと同年八月七日から同年八月二〇日まで入院し、次いで、同日神奈川県足柄下郡湯河原町宮上厚生年金湯河原整形外科病院(以下湯河原外科という)に転入院し、同三九年七月退院した。
三、被告は、本件事故当時、夜間であるから、特に前方の注意を厳にして、慎重に走行し、事故の発生を未然に防止しなければならない注意義務があるのに、飲酒酩酊してこれが注意を怠り時速約二〇粁の速度のまま漫然走行した過失により、原告亀五郎に気付かず衝突したものである。
四、本件交通事故によつて、原告らは次のような損害を蒙つた。
(一)治療費その他の関係費用 合計金三九六、七六五円
(1)入院料差額 金一四三、八六五円
昭和三八年五月二九日から同年七月一八日までと、同年八月七日から同年八月二〇日まで佐藤病院に入院した際、健康保険負担額以外に原告亀五郎が直接負担した部屋代等。
(2)栄養補給費 金一九七、五〇〇円
佐藤病院に六五日間、湯河原外科に三三〇日間入院中、健康保険による賄い給付だけでは栄養補給が十分でないので、牛乳、卵、チーズ、魚、肉、果物等の栄養品を一日平均金五〇〇円の割合で補給したもの。
(3)医師往診のための車代 金二、四〇〇円
昭和三八年七月一八日から同年八月七日まで佐藤病院を退院し、自宅で療養中、同病院の医師の往診を受けた自動車代合計金額。
(4)患者移送費 金三、〇〇〇円
昭和三八年八月二〇日佐藤病院から湯河原外科に原告を移送した自動車代金。
(5)医師・看護婦・付添人の謝礼 金三五、〇〇〇円
右の(2)に述べた入院期間中、慣行によりそれぞれ相当額を謝礼金として贈呈したもの。
(6)電話料 金一三、〇〇〇円
昭和三八年五月二九日から同三九年七月一五日までの一三ケ月間にわたり、前記各病院と、原告の自宅および勤務先である全国印刷工業健康保険組合(以下印刷工業という)の間において通話した電話料。
(7)退院費 金二、〇〇〇円
退院のための自動車代金及びその他の諸雑費。
(二)家族付添いのために要した費用 合計金九二、三〇〇円
(1)原告緑子が、看病のため佐藤病院に通院した交通費。
合計金六、四〇〇円
(2)同原告が、看病のため湯河原外科に通院した交通費。
合計金六一、八〇〇円
(3)同原告通院による留守中家事手伝人を雇つた費用。
合計金二四、一〇〇円
家事手伝人訴外川戸サヨに対し、一日金七〇〇円の割合で三三日間の賃金及び金一、〇〇〇円のチツプの合計である。
(三)給与の減額による損害額 合計金一、〇二四、三一六円
(1)昭和三九年一月から同年六月までの減給額 金一四七、五七六円
原告亀五郎が印刷工業を六ケ月欠勤したために、前行の六ケ月間、月額給与金六一、四九〇円(役付手当金六、〇〇〇円を含む)の六ケ月分金三六八、九四〇円の四割に当る金額。
(2)原告亀五郎の昇給停止による減給額 金三三七、九二〇円
原告亀五郎が右の欠勤により、得べかりし昇給月額金五、二八〇円の停止により、昭和三九年一月以降同四四年四月までの六四ケ月間にわたる減給額。
(3)原告亀五郎の欠勤中得べかりし賞与合計 金二〇〇、九〇〇円
(イ)昭和三八年一二月分として得べかりし賞与金一五一、二〇〇円から現実に支給された金九〇、八〇〇円を控除した差額金六〇、四〇〇円。
(ロ)昭和三九年六月分として得べかりし賞与金一二〇、九〇〇円から現実に支給された金二九、七〇〇円を控除した差額金九一、二〇〇円。
(ハ)昭和三九年一二月分の得べかりし賞与金一五九、七〇〇円から現実に支給された金一一〇、四〇〇円を控除した差額金四九、三〇〇円。
(4)原告亀五郎の昭和三九年七月以降同四四年四月までの間に得べかりし賞与の減額分 金九五、〇四〇円。
原告亀五郎が本件負傷から回復して勤務するにいたつた昭和三九年七月以降停年である同四四年四月までの間に八回の賞与を受けられるが、その賞与基準額は月額給与額の四・五ケ月分(夏期二ケ月分、年末二・五ケ月分)であるから、昇給停止による減少額金五、二八〇円の四・五倍に四ケ年分即ちこれを四倍した金額。
(5)退職金の減額 金二四二、八八〇円
原告亀五郎は、印刷工業から、昭和四四年停年退職の際は、基本給与月額に、在職年数一四年に二を剰じ、それに二倍した金額を与えられるところ、本件事故のため金五、二八〇円の昇給停止となつたため、金一四七、八四〇円の減額となつた。又印刷工業勤務者共済会の規定による共済組合の退職金は、その退職金の三分の一で、昭和三五年四月一日より実施のため、その一四分の九に当る金九五、〇四〇円となりこれを合計した金額。
(四)原告亀五郎の慰藉料金七五〇、〇〇〇円
(五)原告緑子の慰藉料金五〇〇、〇〇〇円
五、よつて、原告亀五郎の損害賠償請求額は以上合計金二、二六三、三八一円であるが、そのうち金二、一〇〇、〇〇〇円を、原告緑子は金五〇〇、〇〇〇円の損害賠償を請求する。又、被告はこれらに対し、本件事故の発生の翌日である昭和三八年五月三〇日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべきものであるから、これも併せて請求するため本訴に及んだものである。
〔証拠関係略〕
被告は答弁として次のとおり述べた。
被告は、原告主張の請求原因事実中、被告が原告主張の日時場所において加害車を運転したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。被告は、加害車を運転して崖に衝突したことは、おぼろげながら記憶するが、その後は人事不省となり、佐藤病院に運ばれ、同所で気をとりもどしたものである。
〔証拠関係略〕
理由
一、〔証拠略〕によると、原告ら請求原告一ないし三の事実を認めることができ、右認定を覆すにたりる証拠はない。よつて、被告は、過失による不法行為者として、民法第七〇九条により原告亀五郎の蒙つた損害を賠償しなければならない。
二、賠償の数額
(一) 治療費その他の関係費用
〔証拠略〕によると、(1)入院料差額として、金一四三、八六五円支出したことが認められる。〔証拠略〕によると、(2)栄養補給費として、金一九七、五〇〇円、(3)医師往診のための車代として金二、四〇〇円、(4)患者移送費として金三、〇〇〇円、(5)医師・看護婦・付添人の謝礼として金三五、〇〇〇円、(6)電話料として金一三、〇〇〇円、(7)退院費として金二、〇〇〇円、夫々支出したことが認められる。
(二) 家族付添のために要した費用
原告森田緑子本人尋問の結果によると、(1)原告緑子が看病のため佐藤病院に通院した交通費として、金六、四〇〇円を、(2)湯河原外科に通院した交通費として金六一、八〇〇円を夫々支出したこと。又(3)原告緑子が、右通院による留守中、家事手伝人として訴外川戸サヨを雇い、これに金二四、一〇〇円を支払つたことが認められる。
(三) 給与の減額による損害額
(1)〔証拠略〕によると、昭和三九年一月から同年六月までの減給額の合計は金一一〇、九七六円であると認められる。
(2)原告亀五郎は得べかりし昇給月額として、金五、二八〇円を主張する。〔証拠略〕によると、原告亀五郎は、昭和三九年一月一日四等級七号から八号に昇給すべきところ、これが停止を受けたこと、右四等級七号と八号との差額が金二、〇〇〇円前後の金額であることが推認できる。右認定に反する原告森田亀五郎本人尋問の結果は信用することができないし、その他これを覆えすに足る証拠もない。従つて原告亀五郎主張の昇給月額金五、二八〇円は採用の限りでない。
(イ)昭和三九年一月以降同四二年一一月(本件口頭弁論終結時)までの四七ケ月にわたる減給額は、一ケ月金二、〇〇〇円として、合計金九四、〇〇〇円であること計数上明らかである。
(ロ)〔証拠略〕によると、原告亀五郎の停年は、昭和四四年四月と認められる。
昭和四二年一二月から同四四年四月までの一七ケ月間にわたる減給額合計から、民事法定利率年五分の割合による中間利息を、ホフマン式計算により控除すると、金三二、七八四円となる。
(3)原告亀五郎が、昭和三八年一二月同三九年六月、同年一二月の三回に得べかりし賞与金の差額について考えるに、〔証拠略〕からすると、原告亀五郎が主張するとおり、昭和三八年一二月には、得べかりし差額が金六〇、四〇〇円、同三九年六月には、右の差額が金九一、二〇〇円、同年一二月には、右差額が金四九、三〇〇円であることが認められる。
(4)原告亀五郎の昭和四〇年六月分以降同四三年一二月分まで八回にわたり得べかりし賞与の減額を検討する。
〔証拠略〕によると、賞与基準額は、最低に見積つて、月額給与額の四・五ケ月分(夏期二ケ月分、年末二・五ケ月分)であるものと認められる。而して前記認定のとおり一ケ月分の減給額が金二、〇〇〇円であるから、
(イ)昭和四〇年六月以降同四二年一二月まで六回の減額分は、合計金二七、〇〇〇円となる。
(ロ)昭和四三年六月分の金四、〇〇〇円、同年一二月分の金五、〇〇〇円について、民事法定利率年五分の割合による中間利息をホフマン式計算により控除すると、夫々金三、九〇二円、金四、七六二円となる。
(5)退職金の減額について考える。
〔証拠略〕竝に、前記認定の、昇給停止減少額金二、〇〇〇円と原告亀五郎の停年が昭和四四年四月である事実を綜合すると、
(イ)退職手当は、基本給与月額一ケ月分に勤続年数一年につき基本給与月額の二倍の割合で計算した額を加えた金額となつているから、減額分は、金五八、〇〇〇円となる。これを、民事法定利率年五分の割合による中間利息をホフマン式計算により控除すると、金五四、四〇二円となる。
(ロ)退職餞別金は、退職手当の三分の一、但し、期間の計算は、掛金を負担すべき月数によるとあるから、減額分は、金一二、五〇〇円となる。これを民事法定利率年五分の割合による中間利息をホフマン式計算により控除すると、金一一、七二一円となる。
(四) 原告亀五郎の慰藉料について案ずるに、〔証拠略〕を綜合すると、事故発生の状況が、一方的に被告の過失によつて生じたものであること、被告の賠償についての誠意が全く認められないことが認められ、これに前示受傷の精神的苦痛をあわせ考えると、原告亀五郎の慰藉料額は、金五〇〇、〇〇〇円を相当とする。
(五) 原告緑子の慰藉料について検討する。
第三者の不法行為によつて、身体を害された者の配偶者が、自己の権利として慰藉料の請求ができるのは、そのために、被害者が生命を害された場合にも比肩すべき、または、右の場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたときにかぎるとするのが、判例の示すところである。
本件においては、配偶者たる原告緑子において、自己の権利として慰藉料を請求できる程度の精神上の苦痛を受けたものと、全証拠によるも認定できないので、これが慰藉料の請求を認めることはできない。従つて、原告緑子の本訴請求はこれを棄却する。
そうすると、被告は原告亀五郎に対し、本件交通事故による損害賠償として、合計金一、五二九、五一二円とこれに対する本件事故発生の翌日である昭和三八年五月三〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があることとなる。よつて原告亀五郎の本訴請求は、右の限度において正当として認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石藤太郎)